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yuuの一人芝居

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銀杏

            銀杏



 倉子城から四十瀬へ抜ける街道ぞいから天を突く一本の銀杏が見える。

 春にはぐんぐんと枝をのばし萌黄色の葉を繁らせ鳥の棲みかとして托し、夏には日陰を旅人へひとときの安らぎとして与えた。秋の紅葉を終えると黄金の時雨のように落ちて街道を覆った。冬には何もかも捨てて佇んでいたがその姿は凛としていて風格さえ感じられた。

 樹木のうちでも、ゆうかりと銀杏は特に生命力が強く、木から出る胞子が翔び繁殖するという、動物に近い種の保存の形態だ。

 銀杏の移り変りが四十瀬の茶店からよく見えた。お鹿は毎日その銀杏を見て年を取っていった。松山川も時節で流れを変えるが、お鹿の生き方には変化はなかった。

 お鹿の過去を知る者はいなくなっていたが、お鹿の心のなかには忘れられない事としてある。腰は曲がり、顔に歳の数だけの皺を刻んでいるが、その間人並みに生きて苦労は深い。だが、そんな気配は見せたことがない。底抜けに明るく振る舞い、

「四十瀬の茶店の婆の笑顔はいつもにこにこ晴れの日続き」と渾名されていた。

 もう五十年も前のことだ。

 浪華の薬問屋のいとはんと手代が、好きおうて駈け落ちをした。

 よくある話だが、よくある結末を迎えた。いとはんは連れ戻され、手代は島流しにあった。

 いとはんは庭の銀杏の木ばかり見て過ごした。

 二人が、追っ手に捕まったのは四十瀬の渡しであった。

何時の頃からか一人の女が住み始め、茶店を営んだ。

 今日もお鹿は、銀杏を眺めている。



 今、倉敷市営球場のバックスクリーンの後に大きな銀杏が聳えている。





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